
このブログが始まって3年になりました
当初の記事を読んでみると4月の桜から始まって、もちがせ流しびながある
初心に帰ってという訳ではないが、3年ぶりのもちがせ流しびなの撮影リポ
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3年ぶりのもちがせ流しびな
今年の旧暦3月3日は日曜日。3年ぶりのもちがせ流しびなは例年以上に盛り上がるはず。嬉しい反面、雛を流す会場は全国から訪れるカメラマンで場所取りが大変と身構えて向かった。三年前は電車だったが今年はバスで行ってみた。

用瀬(もちがせ)にはこの三年間の間に鯉のぼりならぬ流し鯉のぼりや、ぶらっと町歩き等で2、3回訪れている。しかし、この流しびなの日は用瀬にとっては年に一度と言っても過言ではない特別なハレの日。バス停の先の横断歩道は人で溢れている。
メインは地元の幼女達が和服に着飾って現れる午後2時からだが、この混雑ぶりを見て心配になり11時から始まる観光客の雛流しに直行。案の定、千代川の河原は既にカメラマンが待ち構えていた。何とか隙間を見付けて入れてもらう。

程なく11時になり、観光客だけでなく着物姿の幼女達も現われて一斉にシャッター音が河原に響いた。しかし、すぐに誤りを悟った。3年前はコンデジだったが、今回は一眼レフ。町中を歩き回るのを見越して軽い標準レンズしか持ってきていない。

ズームを最大にしても肝心の俵に乗った流しびなが大きく映らない。その上に曇り空なので水面も地味な色合いで、ハレの日の祭りなのに肝心の晴れやかさがイマイチ。がっかりして早めに切り上げて、河原から町内での撮影に変える。
町中で盛り上げる雛飾り
用瀬は現在は鳥取市に編入されているが、合併前は用瀬町として町政が敷かれていた宿場町。用瀬駅から真っ直ぐに100メートルぐらい進むと、1キロ程の古い町並みの真ん中に突き当たる。普段は殆ど人が見られない通りが観光客で溢れていた。

右折して、その町並みの外れまで行って引き返してくる。日本の殆どの地方に見られるように、かっての商店街はほぼ店を閉めて活気は失せている。しかし、その宿場町の風情が残る町並みの各家の殆どが、開放してご自慢の雛飾りを見せてくれる。

雪洞や吊るし飾りの向こうに見える艶やかな雛壇は、同じように見えても各家の趣向が表れていて見飽きる事がない。シャッターを切っていく途中の、集会所などではお茶の接待をしていた。町の人々が観光客と触れ合い、ハレの日を楽しんでいる。

と、「奥の雛飾りも見てください」と書かれた紙を発見。商店に挟まれた敷地を入ると若い女性が一人。挨拶を交わして撮影。窓の向こうに設えている雛壇は自身の思い出の詰まった物なのだろう。大切に保存されているのがひと目で分かる雛飾りだった。
どの家の雛飾りも、少子化で今は使われていない物が殆どだろう。それでも、このハレの一日の為に用意して観光客と共に楽しむ。素敵な心意気だなと感じ入った。お礼を言って路地を出て、再び歩きながら撮影していく。

三年前に一際目立つ鮮やかな雛壇を飾っていた家の前に立った。が、玄関も窓も閉まり人の気配が無かった。今日は賑わっていても、やはり空家が増え店も減っている現実を見せ付けられた気がした。夢から覚めたような気持ちで引き返した。
着物姿の幼女が集う流しびな

駅の近くを流れる清流沿いに歩いて河原へ向かう。以前は流し鯉のぼりが泳いでいたその清流に、今日は男雛女雛の他に官女と思しき人形の乗った小船が浮かんでいた。そして芝生の生える庭や玄関先にも雛が飾られて、観光客が出入りしている。
出店や餅つきのイベントで賑わう道を掻き分けて再び河原へ下りる。午後2時になると、和服姿の複数の親子連れが現われた。両親に抱えられるようにしゃがんで、男女一対の紙雛と桃の小枝や椿の花、菜の花などを乗せた桟俵をそっと流す。

河原の反対側から聞こえるシャッター音の中、小さな手を合わせて祈り、流した雛の行方を見守っている。前回と違って曇りだが風はなくスーッと流れていく桟俵。こんな穏やかな日ばかりとは限らないはずの、この子達の幸せを祈らずにはいられない。

それから3回に分けて複数の親子連れが現れ、雛を流していく。必ずしも和服姿の子供達だけとは限らない。平服の親子連れも多数いたが、みんな両親に手を取られ嬉しそうに、そしてあどけない目でじっと雛の行方を見詰める姿が印象的だった...。
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